その三十九 東京丸の内口駅

 
    今回は、東京駅丸の内口駅。ふつう東京駅というと、赤レンガのこの駅のことを指す。この駅こそ、現状は戦災により大きく改築変更されているが、都道府県庁所在地駅として唯一、初代のまま現在に到っている駅である。
 

初代 東京駅       開業 大正 3 年 12 月 20 日
 設計:辰野金吾、辰野金吾・葛西万司設計事務所
 構造・規模:レンガ・鉄骨造 3 階   規模: 7,725 u
 乗降人員:約 9,600 人/日(大正 3 年、東京駅全体計)
         394,135 人/日(平成 20 年、JR東駅分の乗客数)
          92,205 人/日(平成 18 年、JR東海駅分の乗客数)

 
   

 経緯

 明治 5 年( 187 2年)新橋〜横浜間に鉄道が開通して以来、鉄道建設は急ピッチで進められ、明治 16 年日本鉄道により、上野〜熊谷間、同 22 年東海道線が全通し、その間を結ぶ上野〜新橋間の建設が切望された。明治 23 年に初めて東京中央駅を含むその計画が具体化したが、日清戦争(明治 27 〜 28 年)による財政の逼迫などで中断、その後、明治 29 年に帝国議会で東京中央駅建設が議決され、明治 33 年有楽町付近で工事が着工されるが、同 37 年に日露戦争が始まり、また中断となった。
  明治 39 年、設計着手、明治 41 年基礎工事着手、大正 3 年 12 月 20 日、時の大隈重信首相臨席のもと、華やかに開業式が行われた。

1897(明治30)年当時の鉄道網
 
 
   

敷地

 幕末期には大名、旗本の敷地であった。明治初期になるとそれらの敷地は、住む人もないまま荒れ果て、わずかに練兵場、司法省・裁判所などが点在していた。明治 20 年代になると兵営やそれらの施設を移転することになり、費用を捻出するため、丸の内一帯は売りに出された。これに応じたのが三菱の岩崎弥太郎で、彼は明治 23 年、丸の内の土地のほとんどを百五十万円で買いとった。
  その後、国は、東京駅の建設用地を確保するため、買い戻す羽目になるが、土地の価格をめぐって折り合いがつかず、わが国初めての土地収用法を適用し、明治 33 年、ようやく示談が成立した。ちなみに購入時の 11.9 円 / 坪が、 10 年後、示談では 44 円 / 坪であったという。

江戸末期の東京駅敷地
 
 
   
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